木曽 夏休み

2023年07月14日

木曽川の上流、長野県と岐阜県にまたがる木曽谷。いうまでもなく、日本を代表する森林地帯です。ヒノキを代表とする針葉樹資源が豊かで、江戸時代には、木曽川の水運を利用して尾張藩の林業生産地として発展しました。乱伐されたた時期もあったものの、森林の保護・育成も進められ「日本三大美林」のひとつとして現在に至っています。

木曽五木(ヒノキ、サワラ、アスナロ、ネズコ、コウヤマキ)は北海道には分布せず、新潟にもあまり多くないので、私は馴染みが薄めでした。今回、じっくり見てみたいと考え、夏休みの3日間、満を持して訪れてみました。

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赤沢自然休養林

7月14日。岐阜県中津川からくるまで1時間半ほど、お昼前に上松町の赤沢国有林に到着。ここは寛文5年(1665年)に留山となった、長い歴史を持つ、木曽を代表する森林です。面積760ヘクタール、標高は1,000から1,500m。標高が高いので、さわやかな気候です。ここは日本で最初の「自然休養林」に指定され、復元された森林鉄道が走る観光地でもあります。狭い道を走ってきたので、大型バスがたくさん来ていることに軽く驚きました。

あちこちに8コースの歩道が伸びており、この日は半日、なるべく多くのルートを辿ってみることに。皆が向かう森林鉄道の乗り場とは反対方向、まずは、ヒノキの人工林内に入っていきました。

赤沢は1959(昭和34)年の伊勢湾台風の影響を受け、激害地は人工林に転換されたとのこと。ただここは、もう少し林齢高めでした。

林床の優占種、シロダモ。天然林の箇所も含め、一日をとおして目立ちました。

同じくずっと目についた、マルバノキ。

タンナサワフタギ。

ヤマウルシ。

ノリウツギ。

リョウブ。

ミヤマガマズミ。

緩やかに登りきったところに「ほうのき峠」の看板。確かにホオノキが多めに生育。

少し登ると遠望ができる箇所(このような箇所は今日唯一でした)。雲が厚いものの、まずまずの天候になったのは何より。

ここからは、待ち望んだ天然林の林相となりました。ヒノキがみごと。 

ヒノキを中心とする上層木の林齢は300年といわれます。これは元禄年間(1688ー1703年)、江戸をはじめとする日本各地で需要が高まった時代に強度の伐採が行われ、その後に育った森林であることを物語っています。

根上りした大径木が多数。

広葉樹が混交します。ミズナラ。

ミズメ。

コハウチワカエデ。

ハリギリ。

タカノツメ、コシアブラ。

マルバウツギ、ナツツバキ。

アオダモ。

クロモジ、オオカメノキ。

常緑低木も。ミヤマイボタ、ツルツゲ、クロソヨゴ。

歩道はよく整備されていましたが、出会う人はおらず、とても静か。

混交林の中。

木曽五木の説明。ここ赤沢には、コウヤマキは少ないものの、ヒノキ科の4種が見られます。それら5樹種(ケヤキを加えた6樹種)は停止木(ちょうじぼく)とさされ、「木一本首一つ」と俗にいわれる厳しい伐採制限がかけられました。

他の樹種(ケヤキを除く広葉樹)は雑木として利用が許されており、その選択的な伐採が、針葉樹中心の美林を生み出すきっかけになったと考えられています。

サワラ。

アスナロ。

ネズコ。

ヒノキとサワラの癒合木。

さまざまな根上り、見飽きません。

「つめた沢」という沢に出ました。わずかな流れですが、かつて大正時代初期までは「木曽式伐木運材法」という、川の流れを利用した運材が行われていたのだそう。看板によれば、この場所には「床堰」と呼ばれた木製の堰がつくられ、ダムに貯めた水に乗せて木材を押し流していた(小谷狩と呼ぶ)とのこと。

ときどき見られた切り株。

つめた沢に沿った椹窪(さわらくぼ)と呼ばれる個所。比較的サワラが多いのでこの名があるのだそう。

ひときわ大きなヒノキ。直径は90cm近く、樹高は30m超。

マンサク、コウヤミズキ、カツラ。

チョウジザクラ、ウワミズザクラ。

ズミ、エゾノコリンゴ、オオウラジロノキ。

ツツジ科が多数。トウゴクミツバツツジ、ヨウラクツツジ、ホツツジ。

ネジキ、サラサドウダン。

ウスノキ、ナツハゼ。

タニウツギ、ニシキウツギ。

緩やかに登った峠。このあたりがもっとも蓄積が高く、890m3/haにのぼるとのこと。見事。

峠から下ると、森林鉄道の折り返し駅に行きあたりました。木曽の森林鉄道は、先述の流送に代わって大正時代初期から広がり、最盛期には総延長が400kmに達していたのだそうです。それが、次にはトラック輸送に取って代わられるまでの50年程の期間、木材および関係者の生活を支える存在でした。ここ赤沢の路線は、1975年に廃止されたものの、その後、1987年から観光用として復活したもの。2.2kmの区間、多くのお客さんでにぎわっていました。

ここからは、この赤沢国有林の本流筋にあたる道川(どうがわ)に沿った下り道。

散策コースの中でもっともよく整備された舗装路沿いには多くの説明板がありました。天然更新の解説。その近く、ヒノキ、コミネカエデ。

そして、ここが日本におけるチェンソー導入地であることの説明も。1940年(昭和15年)に輸入チェンソーが、そして1949年(昭和24年)には国産チェンソーの試験伐倒が行われたのだそうです。この森林が、日本の林業にとって特別な場所であることがわかります。

「特別な場所」であることは、赤沢が、伊勢神宮などの御神木・建築用材を産出する森林であったことに表れています。江戸時代、尾張藩によって留山とされていたこの森林は、明治以降皇室財産の御料林となった後、1906年(明治39年)に「神宮備林」として、式年遷宮に必要なヒノキを保続的に供給する森林に指定されました。戦後は国有林に編入され「特殊択伐用材林」として扱われているのだそうです。写真は、1965年(昭和40年)に、伊勢神宮の御樋代(みひしろ)と呼ばれるご神体を収める舟形の容器(御船代:みふなしろ)のために伐採された場所。

そしてこちらは、1985年(昭和60年)に御樋代 を伐採した箇所。覆い屋の中に切株がありました。3方向から斧を入れ、3箇所につるを残して伐倒する「三つ紐伐り」という方法が用いられ、内宮と外宮の2本の御樋代をたすき掛け状に重なり合うように伐り出し、奉曳車という台車(写真は模型) で伊勢まで運ばれたのだそうです。

ふたたび天然林へ。「中立コース」。 

上層はヒノキが優占していますが、更新木の多くはアスナロ。ヒノキに比べて耐陰性が高いことが知られてはいるものの、やがてはアスナロの一斉林になってしまいそうな その偏りは極端といえるほど。

一方、こちらは天然更新の試験地。1927(昭和2)年に母樹を残した伐採により、ヒノキの天然下種更新が図られました。この看板には記述がありませんが、50本/ヘクタールほどの母樹が保残されたようです。

18年生のころまで、下刈りや稚樹の刈り出しが行われ、その後は無施業とのこと。現在、上層木は330年生、更新木は96年生、、、まだまだ先は長い感があります。

向山コースにあったオオヤマレンゲ。花期は7月上旬ころまで、ということであきらめていましたが、一株、まだ咲いていました。自生地が限られているモクレン属の低木種、はじめて出会えて感激。

ゆっくり歩いて、3時間ほどで入口に戻りました。森の中は静かでしたが、駐車場横の「渓流広場」は川遊びの人たちが大勢。

まだ時間があるので、渓流沿いのコースも歩いてみました。

ヒメコマツ。

ミズナラ。ここにはコナラも。

クリ、サワシバ。

ヤマボウシ、ハクウンボク。

ケヤマハンノキ、ヤマナラシ。

オオモミジ、ウリカエデ。

ヤマアジサイ、コアジサイ。

最後に森林資料館と森林鉄道記念館に立ち寄りました。大径木の伐採、運搬の写真に見入ってしまいました。

帰り道の途中、木曽森林管理署の土場。ここで入札も行われているようでした。

土場の下は、木曽式伐木運材法の遺構。さきほども見た「小谷狩」(上流から流した材をいったんダムに留めて、一気に流す方法)、1904年(明治37年)に、両岸の岩を掘り割ってつくられた大規模な「留堰」。いくつもの堰を経て、下流へと運ばれていた様子が窺えました。

時刻は16時。今日はここまで。一日に満足。


御嶽山 油木美林

7月15日。日本の山岳信仰の対象として富士山、白山、立山と並ぶ霊峰である御嶽山。 木曽川の源流に位置する標高3,067mの大きな山体は古くから修験者の行場となり、江戸時代には全国で「講」が結成されて御嶽教が広まりました。深い森で覆われた山腹には、広大な天然林が残されています。そのひとつ、かつての主要な参拝道に沿った「油木沢(あぶらぎさわ)ヒノキ植物群落保護林」を訪れることにしました。

御嶽山の主要な登山口は南側の王滝口と東側の黒澤口がありますが、今日は後者から。まずは山麓の黒沢御嶽神社の若宮に参拝。

ここの社叢はみごとでした。大径木、ヒノキのほか、スギも。

標高850mの里らしく、周囲にはクリ。

イタヤカエデ、ヤマグワ。

そこからくるまで標高を上げていくと、参拝道沿いには多数の御嶽信仰の修行場がありました。登拝者を祀る 自然石の「霊神碑」が厳かに並んでいます。「四合目」にあたる標高1,190mの駐車場(誰もいない)にくるまを停めて、ここからバス。

さらにロープウェイで一気に七合目、標高2,000mへ。時刻は10時。あいにく霧で展望はまったく開けず。

山頂に向かう参拝者、登山客がちらほら。2014年の悲しい噴火災害が記憶に新しいところですが、だいぶ規制が緩和されてきているようです。私は一人、山頂まで標高差900mほどの山小屋から南東に延びる下り道へ。くるまを停めた四合目まで、逆に標高差900mほどを下る省力山歩きとなります。

道は、深い針葉樹林の中へ。

すっかり亜高山帯の森林です。シラビソ、オオシラビソ。

トウヒ。

そしてもっとも優占していたのはコメツガでした。

針葉樹の中では樹形が自由な感があります。

稚幼樹も多く見られました。

かつての参拝道。よく整備されているものの、とても静かです。

少しだけ眺望が開けました。雲の流れが速いです。

広葉樹の優占種はダケカンバ。

ネコシデ、ミヤマハンノキ。

ミネカエデ。

コシアブラ。高い標高域にも意外と 多く見られました。

ヨウラクツツジ、オオカメノキ。

林床。花の季節は過ぎていました。ゴゼンタチバナ、ギンリョウソウ。

チシマザサが密生する箇所も。

亜高山帯らしい森林の景観が続きます。大規模な風倒箇所も見られます。

コメツガが優占する混交林が続きます。

そこに、標高1,900mほどから、ヒノキがあらわれました。

同じころから目立ったヒメコマツ。 

山腹を深く刻む白川にかかる百間滝を遠望。

ちょうどお昼。標高1,800m、滝の展望台の近くで休憩。ここまででちょうど半分の行程。

ふたたび下りはじめます。小雨。

ヒノキ。「美林」を称する のがふさわしい林が続きます。

サワラ。

根上り。

ヒノキの更新。

歩道。ササが深いことがわかります。 

下るにつれて広葉樹が増えていきます。タカネザクラ、ウワミズザクラ。

ミズナラ、コナラ。

オオモミジ、コハウチワカエデ、コミネカエデ。

ヤマウルシ。

ミズキ。

リョウブ、トウゴクミツバツツジ、ネジキ。

ヤブデマリ、ヤマシグレ。

キハダを視認することができませんでした。探していたのですが。。。キハダの内樹皮の「黄檗」を主成分とする「百草丸」が「御神薬」として御嶽参りのお土産として広まり、現在は良木が少なくなってしまったとのことでした。

ツルアリドオシ。 道沿いにびっしりと。

ずっと緩やかな道だったのが、標高1,350mからは突然に急斜面の下り。しっかりと階段が整備されています。登るのは結構辛そう。

この斜面にもみごとなヒノキ。

クリ、アカシデ。

ヤマアジサイ。

標高差約150mを一気に下りきりました。最後まで誰にも出会うことのない登山道でした。

ここからはみごとな渓畔林。最後に陽が出て緑が輝きます。

カツラ。

サワグルミ。

トチノキ。

ヤチダモ、アオダモ。

チドリノキ、アサノハカエデ。

不易の滝。さわやかです。ここから、くるまを停めた四合目駐車場まではわずか。

美しい川の景色で、約4時間の散策を締めくくりました。

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帰りがけ、木曽町福島の「帝室林野局木曽支局」の旧庁舎。1927(昭和2)年建築のアール・デコ様式の洋風建築。


南木曽岳

7月16日。最終日は半日で、かつ天気予報もすぐれなかったのですが、ぜひ見たい森があり登山を計画しました。調べるまで私は名も知らなかったのですが、豊かな森があり、生物群落保護林に指定されるとともに、2016年には日本山岳遺産に認定された南木曽(なぎそ)岳。金時山、なきびそ山とも呼ばれた修験の山でもあります。

6時過ぎ、標高960mの登山口に到着。すでに先客のくるまが数台。「日本三百名山」とのことで、誰にも出会わなかった前の2日間に比べてにぎやかです。

ヒノキ、サワラ、アスナロ。

ツガ、モミ。

カナクギノキ、ミズナラ。

ヒノキの人工林。大きな切株も。雨になってしまいました。

川をわたり登山道へ。標高1,160mまでは緩やかな道でした。

ここからはつらい登り。 急斜面に木製の階段がつけられ、どんどん標高を稼いでいきます。

出発から1.5時間。看板があらわれました。今日の目的地はここ。

標高1,400m。コウヤマキが優占するすばらしい林分です。コウヤマキは日本固有種で、コウヤマキ科コウヤマキ属の唯一の現生種です。 木曽五木のひとつであるものの、前の2日間はあまり出会うことがありませんでした。 

直径70cm、樹高30m以上に達しており、密度も高く、想像以上でした。 小径木も多く見られました。

林床にはシャクナゲ。

霧が深いです。この山は急傾斜のため登り・下りのルートが決められており、山頂を超えて行かないと帰れません。

9時過ぎ、標高1,677mの頂上に到着。展望はききませんが森の雰囲気がよく、来てよかったと思います。

ヒノキ、ヒメコマツ。

コメツガ、トウヒ。

深い針葉樹林。雨に煙る景色、雨の日もわるくません。

ところどころ、樹高の低い林分も。

避難小屋。展望ポイントは深い霧の中。。。結局、3日間、御嶽山のすがたが眺められなかったのはとても残念。

ナナカマド、ダケカンバ、コシアブラ。

ミネカエデ、コヨウラクツツジ。

登ってきた尾根の方面をわずかに遠望できました。ここからまた急斜面の階段下り。

こちらでもコウヤマキの優占度が高い林分に出会うことができました。

美しい林相が続きます。

シロダモ、マルバノキ。

ミヤマシキミ。

リョウブ、オオカメノキ。

山を振り返ったところ。歩き始めて6時間近く。充足感があります。

下山して川のそばでひと休み。今日も最後に晴れました。

よく歩いた3日間、早めの夏休みを満喫しました。 来られたことに感謝しつつ、暑い下界へ戻りました。