千葉・安房神社
房総半島、かつての安房国。その一宮である安房神社は、半島南端の野島崎からほど近い沿岸の山裾に立地しています。伝承では、神話の時代、黒潮洗うこの地に四国・阿波国から祖先が渡り、「阿波」から「安房」の名をとって創建されたといいます。その古社を取り囲む、長い歴史を経てきた森林 を歩いてみました。
まずは神社に参拝。創建は養老年間(717年)に遡ります。阿波から麻や穀(かじ:紙の原料)を伝えたことから産業の祖神として信仰を集めており、多くの参拝者が訪れていました。
境内の大径木。クスノキ、イチョウ。
とくにご神木として祀られるイヌマキ。
イヌマキはこの地域で生垣に使われています。これは参道にあったもの。葉が密生するので、防風・防砂の効果が高いそうです。
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神社から山に入っていきます。ここは千葉県民の森のひとつ「館山野鳥の森」として歩道が整備されています。おそらく古来から、神社の裏山として、ほかとは違う管理がなされていた山なのでしょう。常緑広葉樹林に覆われています。
標高差50mほどを登りきると眺望が得られました。よく晴れると富士山がみえるという展望台。この時期、海の青さがとくにまぶしいです。
マテバシイ。この森の優占種です。樹高15mほど。
マテバシイはこのあたりが北限域となります。ただし、自然分布かどうかは定かでなく、薪炭用に植栽されたものが野生化した可能性も指摘されています。
樹形はさまざま。灰白色の樹皮が特徴。 萌芽と堅果。
遠望できる箇所。大きく丸い樹冠が広がっていました。
もうひとつの優占種、スダジイ。こちらは東北南部まで分布します。優占度が高い箇所も。
カシ類も混交。アラカシ、シラカシ。
アカガシ。
ブナ科はもう1種。コナラ。落葉広葉樹としては最優占樹種。
ただ、広くナラ枯れがおこっていました。コナラに多いことに加え、シイにも被害がみられるようです。 防除作業(伐倒・玉切・燻蒸)をしている旨の表示も。
クスノキ科。クスノキは大径木も多数。茨城県南部まで分布しますが、こちらも多く植栽されたため本来の自生かはよくわかっていません。
タブノキ、シロダモ、ヤブニッケイ、カゴノキ。
針葉樹ではイヌマキ。林内でも優占種のひとつでした。
カヤ。こちらはわずかに見かけました。
ヤマビワ、シャリンバイ。
ユズリハ。
サカキ、ヒサカキ。
ヤブツバキ。
トベラ。海に近いことを感じさせます。
カクレミノ、ヤツデ。
さきほども見えた平砂浦がより近くなりました。波の白さからうかがえるように、海風が強く吹きつけていました。
落葉樹。コナラ以外で目立ったカラスザンショウ。
オオバヤシャブシ。直径30cmほどの木も。
サクラ。ヤマザクラとオオシマザクラの雑種とされるカズサザクラが分布しているそうですが、同定はできず。右は大正13年に建立された「桜樹四千本植栽」の石碑。園芸種も多いように思われます。
ハチジョウキブシ 。伊豆諸島など暖帯の沿岸部に多く分布する、キブシの変種。葉が大きいのが特徴。本州にあるものはエノシマキブシと呼ばれることもあるそうです。エノシマ(江ノ島:神奈川県、私の実家の近く)の名が付いた樹木があるのをはじめて知りました。
ムラサキシキブ。こちらも、温暖な海岸部に分布する葉の大きい変種、オオムラサキシキブに分類されるのかもしれません。
イロハモミジ、ハリギリ。落葉で何とか確認。
ツツジ科低木。
林床にはスズタケ。
コースの一部は閉鎖されていたものの、歩道はずっとよく整備されていました。
谷地にあった小さな池。その周囲の河畔の平坦地にはメタセコイア、ラクウショウの植林地。樹高20m以上に成長。
幹にはカギカズラ(やはりこのあたりが分布の北限)が密生。
ここからもう一度尾根を登り返しました。斜面下部にはスギの植林地。成績はいまひとつ。
すぐにまたスダジイの多い天然林。この尾根筋では倒木が多く見られました。房総半島一円に大きな被害をもたらした2019年9月の台風の影響と思われます。
海側と半島側 の展望。この立地からは、海のむこうに伊豆大島が眺められることもあるとのこと。
息を切らせて、天神山の山頂に到達。標高(146m)にしては奥山の感。
マテバシイの大径木。見事な樹形。
帰り道。早咲きのサクラに出会いました。
マンリョウ、タチバナ。これらも植栽されたものでしょうか。
下り道。安房神社に近づいたところに最後のハイライト。モミの大径木が2本。
モミは 房総半島では標高300m以上に分布するそうで、この、海が近い暖温帯(標高50m)にあるのはとても貴重だそうです。かつて植栽されたのかもしれません。直径80cmほどに達して見事です。
この近くにホルトノキがあるとの記述があったので探しましたが、見つからず。
人手が加わりつつ、千年を超えて世代交代をしてきた森。 2時間半ほどの散策を終えて「ふれあい野鳥館」に戻りました。