湖北・晩秋の森
湖北は、北国をつよく感じさせる地域名です。滋賀県の北東部、福井・岐阜との県境をなし、とくに近畿と北陸とを結ぶ主要な街道が通っていることがその印象につながるのでしょう。多雪地でもあり、森林も日本海側の雰囲気をもつことが想像されます。
とくに名高い森林があるわけではないのですが、人との関わりはとても深そう。秋、2日間あちこちを回ってみることに。
賤ケ岳
湖北は史跡も豊富なところ。標高は130m。まずは古戦場として名高い賤ケ岳に登ってみることに。
北側の余呉湖から。この湖には羽衣伝説があり、最近まで天女が羽衣を掛けたといわれるヤナギがあったとのこと(マルバヤナギ、見たかった)。
朝8時前、静かです。
登山口。
スギ・ヒノキの人工林。
常緑広葉樹のすがたも。ウラジロガシ、スダジイ。
ヒサカキ、ヤブツバキ。
ソヨゴ。
シロダモ。
クロモジ。
アブラチャン。
途中からは広葉樹の二次林。紅葉がたのしめました。
ヤマモミジ。
コハウチワカエデ、ハウチワカエデ。
イタヤカエデ。
クリ。
アズキナシ。
ケヤキ。
30分弱で峠に登り着きました。まっすぐに進むと琵琶湖北岸の木之本町飯浦(はんのうら)に至ります。かつては物資を運ぶ重要な道筋であったようです。ここから西に折れて尾根道へ。
尾根上にはヒノキの人工林。食害防止のテープがつけられていました。
尾根筋には、わずかながらアカマツ。
そしてコナラが優占。
アベマキも。
ミズナラも見かけました。
部分的にはナラ枯れ。。
タカノツメ。結構目立ちました。よい色あい。
コシアブラも。
ミズメ。
イヌシデ、クマシデ。
サワフタギ。
登山口から1時間足らずで賤ケ岳の山頂(421m)に到着。史跡の看板が多く反対側からはリフトでも登ってこれますが、この日は人影はありませんでした。
琵琶湖の眺望をひとり占め。
今回訪れる予定の竹生島を遠望。
南東の木之本町方面。
紅葉も風景に色を添えていました。
振り返ると余呉湖。霧が早く流れていて、見えたり見えなくなったり。
山頂に1本たたずんでいたタブノキ。
来た道を下りました。引き続き紅葉の景色。
ヤマアジサイ、コアジサイ。
ヤシャブシ、ヤマウルシ。
ハナヒリノキ、ニガイチゴ。
オオバアサガラ、アカメガシワ。
コブシ、オニグルミ。
2時間ほどで余呉湖に戻りました。賤ケ岳を振り返ったところ。
菅山寺
20分ほど東に移動して、次の目的地は古刹・菅山寺。菅原道真が幼少期に過ごしたと伝えられています。山上にあり、現在は無住の寺ですが、周辺は野鳥観察で有名で歩道が整備されています。
山の東側の木之本町大見の集落からの道を選びました。菅山寺の創建期には表参道であったとのこと。入口はわかりにくかったのですが、キャンプ場の施設で丁寧に教えてもらいました。
最初、しばらくはここも人工林の中。
シロダモ。
サカキ。
アカガシ。
歩く人が少ないようで道筋があまりはっきりしませんが、尾根にとりついて急登。
トチノキ。大径木があらわれました。
オニグルミ。
エノキ。
クリ。
アワブキ、ヌルデ。
登ること30分。菅山寺の寺域に入りました。山門とその脇に立つケヤキ。菅原道真お手植え、と伝えられています。門の両側に仁王像のように2本が対になっていますが、片方は2017年に枯死してしまったとのこと。。ともに2m近い直径。
山門のケヤキはすっかり落葉していましたが、まだ葉が残る個体も。
本殿。この寺の開山は天平期に遡ります。菅原道真との関わりから、平安時代に「菅」字を入れた現在の寺名になったとのこと。その後も皇室などと強い関係をもち、最盛期にはこの山上に僧房105、末寺70余ヶ寺を数えたといいます。
隆盛した菅山寺ですが、江戸末期以降は衰えて、明治の廃仏毀釈の影響も受けて現在は無住。残念ながら建物の痛みが激しくなっていました。
本殿の脇にはモミ。
アカガシ。周囲長10m、樹高30mに達する巨木。
少し下ると、水が涸れることがないという「朱雀池」。このおかげで、この山上に寺域が存在したのでしょう。
その畔には立派なトチノキ。
ここで雨が強くなって、雨具に着替え。
寺域は「自然園」となっており、地元の有志によって歩道が整備されているのだそう。有難いです。
ブナが出現。この山は標高400m程度ですが、ブナ林が広がっていることが大きな特徴。
イヌブナも。
雨がやみ、陽が出ました。雨上がりのすばらしい景色。
ミズナラ。
コナラもありました。
イロハモミジ。
コハウチワカエデ。
ハウチワカエデ。
ウリハダカエデ。
チドリノキ。
イヌシデ、アカシデ。
大きな倒木。
ブナが優占する林相。寺の長い歴史を考えればさまざまな人為の影響があったと考えられますが、原生的に見える箇所さえありました。
アオダモ、コシアブラ。
ウラジロノキ、ナツツバキ。
ホオノキ。すでに落葉済み。
アブラチャン、ダンコウバイ。
ヤマアジサイ、エゾユズリハ。
寺域を一周して山門のケヤキに戻りました。
復路も同じ道を下り。
静かな秋の里に下りました。
大見の集落を一周。
集落の中心にエノキの巨樹。
タチバナ。
菅浦
森ではないのですが、琵琶湖北岸、旧西浅井町の菅浦集落に立ち寄りました。
山が迫った地形。かつては琵琶湖水運における主要な停泊地のひとつだったそう。
かつて共同自治による村落(惣村)があり、その古文書が残っていることで知られています。集落の境界となる「四足門」。集落の四方にあって部外者の出入りを厳しく監視していたのだそうです。
集落の山手にある須賀神社の参道。ケヤキ。
イロハモミジ、エノキ。
神社の境内。菅浦集落は、古来、天皇に供える食物を献上する贄人(にえびと)が定着していたとされます。この神社も、奈良時代の淳仁天皇とかかわりがあったとのこと。
シラカシ。
シロダモ。
港が望めました。
ヤマグワ、アカメガシワ。
石垣が独特な景観をつくっていました。
山門水源の森
日暮れの早い季節ですが、もう1箇所。
長浜市西浅井町山門(やまかど)。かつての薪炭林が水源の森として保全されています。
15時。入口にある施設。保全と再生、観察会などを行なう「山門水源の森を次の世代に引き継ぐ会」が活動している拠点。書籍なども多く出版しています。そしてこの森は、2023年に自然共生サイトにも認定されているのだそう。
整備された歩道を登っていきます。尾根を急登。
わかりやすい看板がたくさん。「森林のはたらき」について。
天然更新試験の看板。この森林では1960年代まで長く薪炭利用がなされ、15~20年ほどの周期で伐採が行われていました。この場所では、途絶えていた伐採を2011年に再度行ないその後の経過を観察しているのだそう。現在はシカの食害の影響が強いことから、防獣ネットの有無による比較も。
ツバキに関する看板。ここには暖温帯のヤブツバキと、日本海側の多雪域に生息するユキツバキとの中間雑種(ユキバタツバキ)が分布しているのだそうです。まさに境界域。
ナツツバキ。
リョウブ。
ユキグニミツバツツジ、ネジキ。
林冠層の優占種、コナラ。
クリも。
そしてアカガシ。群落としては北限に近く、優占度が高い箇所は滋賀県ではめずらしいそうです。
萌芽による株立ちの樹形が顕著。建築材、炭に利用されたようです。
ウラジロガシも。
アカマツ。
アセビ、ヒサカキ。
ネズミモチ、イヌツゲ。
ソヨゴ、モチノキ。
エゾユズリハ。
エゴノキ、タカノツメ。
標高520mの展望所に至る歩道はもあったのですが、少し時間がキビしくて中腹をたどるコースをとりました。
それでも標高を上げていくとイヌブナが出現。
南側の尾根を登っていくと標高400mほどで美しいブナ林になりました。
もうすっかり落葉。
ブナ林の看板。
アカガシがこの標高域まで出現。
混交して並び立つブナとアカガシ。冷温帯と暖温帯の境界をよく表しています。
ここにも試験地の看板。防獣ネットの内側ではササが再生。
ミズナラも優占度高く出現。
アカシデ、クマシデ。
ハウチワカエデ、ウリハダカエデ。
アズキナシ、アオハダ。
クロモジ、シロモジ。
コアジサイ。
15時半を過ぎて陽が傾いてきました。東側を遠望。ちょうど虹がかかっていました。
人工林の看板。
下っていくと湿原に出ました。
湿原の中に目立ったノリウツギ。
ヤマナラシ、ホオノキ。
湿原からは10分ほどで管理棟に戻れました。最後に見かけた小さな看板、網で保護されていたのはタブノキ。この森ではこの1個体だけが確認されているのだそう。
時刻は16時半。長い一日。満足しました。
黒河峠
日があらたまるとややぐずついた天気。
滋賀と福井の県境を超える多くの峠道。そのどこかを辿って標高高めの箇所が見たいと考えた結果、高島市マキノ町と敦賀市を結ぶ黒河峠を選んでみました。
マキノ町にあるメタセコイア並木。訪れてみたら早朝にも関わらずすごい人出に驚きました。
8時。一転して静かな登山口へ。ゲートから歩きはじめました。峠まで林道を歩いていきます。
人工林。
登り口は標高350mほど。終わりかけの紅葉が滋味深いです。
スギ。
コナラ。
ミズナラも混交。
クリ。
ブナ、最初から登場しました。
常緑樹も混交します。アラカシ。
ウラジロガシ。
そしてアカガシ。
昨日同様、アカガシはかなり標高高くまで分布。
シロダモ。
イヌガシ。
クロモジ、ダンコウバイ。
静かな道を行きます。
トチノキ。
ウラジロノキ。
ヤマボウシ。
イヌシデ。
アカシデ。
クマシデ。
イロハモミジ。
ハウチワカエデ、コハウチワカエデ。
イタヤカエデ。
県境に連なる尾根が見えてきました。振り返れば、霞んでいますが琵琶湖方面。
次第に冷温帯の雰囲気が強くなっていきます。
峠に到着。標高は580m。ここが県境。道標には「敦賀市」とあり、日本海側に来たと実感します。
県境の尾根を東側に登ってみました。
向かいにある三国山(標高875m)の西斜面が広がりました。すっかり落葉した中に天然スギが点在。
尾根上の緩傾斜地はブナ林。
峠道の近くでもあり、人為の影響はあったのでしょう。大径木は限られますが、ブナの優占度が高い日本海側のタイプの壮齢林。
ミズナラ、ホオノキ。
根返った倒木。
シカによる食害の痕跡が至るところに。
林床に何もないので、見下ろすと地形がそのまま見える感じ。
落葉の風景に紅一点。
近づくとサラサドウダン。
一方、常緑樹も。
ヤマグルマ。ときおり群生していました。
エゾユズリハ。
ヒサカキ。
そしてスギ。下枝の接地部から独立していく伏状更新の見本のような樹形。
ハナヒリノキ。
タニウツギ。
イワカガミ。
登山道沿いでは保全活動も行われていました。植栽したブナをツリーシェルターで保護中。
県境を超えた敦賀方面の眺め。下山して、林道に戻りました。
峠の直下にあるブナ林では、マーキングがあり森林調査が行われている模様。
帰りもゆっくり眺めながら。
アカマツ。
イヌガヤ。
キリ。
アカメガシワ。
ヤシャブシ、ヒメヤシャブシ。
キブシ、ツクバネ。
コアジサイ。
ウツギ、ヒメウツギ。
リョウブ、ドウダンツツジ。
イヌツゲ。
マツブサ、フジ。
曇っていたものの、最後まで景色をたのしみました。2時間半ほどで駐車場に帰着。
竹生島
湖北の森めぐり。最後の訪問先は琵琶湖に浮かぶ竹生島。
周囲2kmの断崖に囲まれた島で、古来信仰の対象となり、現在は宝厳寺、都久夫須麻(竹生島)神社が祀られています。
長浜港から30分。すっかりよい天気になり、大勢の観光客とともに下船。
寺社の参詣道。急な階段を登ります。港を振り返ったところ。
境内以外に立ち入ることはできないのですが、西側に森が見えました。
優占するのはタブノキ。
このタブノキ林は滋賀県の天然記念物に指定されています。海岸沿いに多いタブノキですが、琵琶湖の存在による海洋性の気象条件によって、この地で多いと考えられます。中世の絵図に照葉樹林とみられる森が描かれており、何回かの山火事の影響もあるものの、老齢林が維持されてきたと考えられるとのこと。調査によれば、胸高直径80cm以上の大径木が100個体程度含まれるるのだそうです。
しかし、1990年代以降この森はカワウの営巣の増加による危機に見舞われます。その個体数は2008年には実に6万羽。カワウがねぐらをつくった木は糞の飛散によって衰弱・枯死し、森全体が急激に衰退していきました。
対策は困難を極めたものの新たな駆除方法の導入が実を結び、現在は個体数を数千羽まで抑制できているとのこと。森林は回復傾向を見せ、タブノキの植栽などの保全活動も行われているのだそうです。
クスノキ、シロダモ。
スダジイ。こちらも優占種。
アラカシ。
シラカシ。
都久夫須麻(つくぶすま)神社。豊臣秀吉とのゆかりが深いのだそう。
琵琶湖を望みます。
アカマツ。
スギ、ツガ。
イヌマキ、イブキ。
シキミ、ユズリハ。
ヤマビワ。
ヒサカキ、アオキ。
サザンカ、ヤブツバキ。
ネズミモチ、モクセイ。
モチノキ。豊臣家に仕えた片桐且元の手植えと伝承される名木。
クロガネモチ。
ヤマザクラ、アキニレ。
イロハモミジ。
カキノキ。
ミツマタ、ハイノキ。
シュロ、ナンテン。
港に戻りました。
船の待ち時間。今日も次第に陽が傾いてきました。
遠く伊吹山。
1時間20分の滞在。帰りの船から島を振り返りました。
見ごろは過ぎた感もありましたがあざやかな紅葉・黄葉にも出会えたし、葉が散った森の雰囲気もたのしみました。天候が変わりやすかったのも、湖北らしいと言えるのかもしれません。雨の後の青空は格別。
ずいぶんいろいろな箇所を巡りましたが、地図でみると半径10km程度の範囲内。それぞれの歴史を反映した森があり、その多様さを感じる森めぐりでした。