奈良 天川・大峰山
紀ノ川と熊野川の二つの大きな流域を含む奈良県吉野郡。人口1000人ほどの天川村は、近畿地方の最高峰、大峰山系・八経ヶ岳から北西に流れる天の川(→十津川→熊野川へ) の流域に位置しています。
深い自然と歴史をもつこの村の森をめぐる2日間。
奈良市を朝出て、10時に到着。村の中心、河合地区。下調べしていなかったのですが、本日は「天の川もみじまつり」とのことで、役場が臨時駐車場になっていました。駐車券が物産市で使えるようになっていたので、よもぎ餅と交換。
今日はここにくるまを置いて、歩きます。川に沿った狭い平地にある市街から、取り囲む人工林を見上げたところ。よい天気にめぐまれました。
町中にある天水分神社。南北朝時代、南朝の天皇がこの地にしばしば滞在した歴史があるそうです。スギの巨木がみごと。
ここからバスに乗って20分ほど。洞川(どろかわ)が今日の起点。標高は820m。
温泉で知られる観光地。歴史は長く、修験道の盛んな時代には大峯参りの門前町として栄えたそうです。散策地図をもらって、歩き始めました。
洞川八幡宮。
「自然研究路」に入ります。林業用モノレールを改良したトロッコ軌道が山頂に通じていましたが、連休で行列ができていたので歩いて登ることに。
コナラ。
モミ。
キリ。
モノレールの終点まで、急坂をゆっくり20分ほどで登りきりました。そこには鍾乳洞。近畿では数少ないそうです。
鍾乳洞入口からの眺め。温泉街、奥には大峰山系。快晴!
森散策はここからが本番。よく整備された道をたどります。鍾乳洞から離れ人工林を抜けると、すばらしい天然林になりました。
イヌブナ、ブナ。
イヌブナのほうが多かった印象です。
ナラも、コナラに加えてときどきミズナラも。
アカシデ。
サワシバ。
イロハモミジ。
ウリハダカエデ。
ウリカエデ。
イタヤカエデ、エンコウカエデ。
チドリノキ。
トチノキ。
モミ、ウラジロモミ。
ツガ。
ヒノキ、スギ。
カヤ。
「温帯林」の説明看板がありました。街のすぐ裏にこれだけ発達した針広混交林があるのはとても貴重です。
複数の大径木による新しい倒木。
ギャップの隙間から町が眺められました。
シカの影響で林床植生は乏しい状況。
ササが残っている箇所。
途中、温泉街が見わたせる全長120mの大きなつり橋。
渡った先は大原山という区域。林相が二次林ふうになりましたが、引き続いて気持ちのよい散策路が続きます。クリ。
ケヤキ。
シラキ。
ミズキ。
クマノミズキ。
アオハダ。
コブシ、ホオノキ。
アワブキ。
ウラジロノキ。
アカマツ。かつては「名松」があったようですが、見当たらず。
展望台でしばらく休憩。
もみじまつりの名にふさわしい日です。
クロモジ、ダンコウバイ。
アブラチャン。
ヤマグワ。
ツノハシバミ。
コマユミ、ツリバナ。
ノリウツギ、ウツギ。
ネジキ、ミツバツツジ。
ウラジロヨウラク、サラサドウダン。
ガマズミ。
トチノキ。
コウヤミズキ。
山道からおりたところにはエコミュージアムセンター。
温泉街のほうへ戻って、大峰信仰・修験道の根本道場である龍泉寺。さきほど歩いた天然林が背後に見えています。
まち外れに祀られていた山の神様。
洞川は、古くからクスリの産地として有名です。「大峰山陀羅尼助製薬」の工場がありました。主原料となるのはキハダの樹皮(黄檗:おうばく)。細かくした後に煮出してエキス状にし、他の原料(ウコン、ゲンノショウコ)とともに丸薬とするのだそうです。キハダは、シカの選好性が強いためか今回山では見かけることがなく、構内で育てられている一本も厳重に食害防止柵に囲われていました。。
陀羅尼助は胃腸薬。江戸期に起源をもち、人形浄瑠璃の演目に洞川の薬商人が登場するほど世に知られた存在だったそうです。
おもむき深い温泉街。次はここに泊まってみたいです。。おみやげの店頭には陀羅尼助丸が各種。店舗は13件もあるのだそう。 名産の葛湯とともに購入。
街はずれにある日帰り温泉施設(今日はすごい混雑)を横目に、歩道を下流にむかって歩くことに。最終地点まで6km、なかなか長い道のりです。
川の左岸。人工林の中を進みます。
大きなトチノキの下に祠がまつられていました。洞川集落の入口で、災いの侵入を防ぐ意味があったのだそう。
天川村の森林率は96%。吉野林業の一部としてスギ、ヒノキ林業が発展しました。伐採された木材は延々と川を下り、熊野の新宮まで搬出されたのだそうです。一方で、天川村では木材の加工も盛んで、それらは山をこえて吉野川流域へ運ばれるというふたつの経済圏があったとのこと。
おもな加工品は、中世から伝わる酒樽の用材となる樽丸 。密植・多間伐で育成します。柄杓(ひしゃく)や面桶(めんつう)などの曲物、また屋根を葺く曽木板や檜皮など。
大径木が残る人工林。
間伐現場の脇を通りました。
車道をしばらく歩いた後、ふたたび遊歩道。ここからは天川村随一の名所、みたらい渓谷。歩く人がぐっと増えました。
ここからはふたたび天然林。「もみじまつり」にふさわしい天気。
よく整備されています。私は下り道でしたが、登るのは結構キツイかもと思わせる箇所も。
水辺に降りられる箇所はとくににぎわっていました。
コウヤマキ。急斜面にありました。
標高が下がってきて、暖温帯構成種も。アラカシ。
アカメガシワ、ヌルデ。
イヌビワ。
クロモジ、アブラチャン。
コアカソ。
キブシ、サンショウ。
アセビ。
ムラサキシキブ。
タカノツメ。
一回車道に出た後にふたたび歩道へ。まだ14時過ぎですが、日の短い季節。谷筋は日が陰ってきました。
ツタ、サンカクヅル。
ノブドウ、フサザクラ。
オニグルミ。
今日最後に出会ったのはカツラの大径木。
期待以上に多様だった森の散策。途中からもみじまつりのシャトルバスで役場に戻りました。その後、温泉・夕食→小さな宿で早く就寝。
大峰山・八経ヶ岳
天川村の2日目は、源流にある大峰山に登ることに。
朝5時、まだ暗い中国道309号線を東へ。林道並み幅員の長い山道で緊張しますが、この時間は対向車も少なく無事1時間で行者還トンネル入り口に到着。
標高は1100m。6時過ぎに歩きはじめました。「日本百名山」なので登山客が多め。
天然林の中を急登していきます。頂上までの標高差は約800m。
ブナ。黄葉はこの標高では終わりかけです。
コケに覆われた林床。
ミズナラは落葉済み。ブナとともに大径木が散在していました。
そしてもうひとつ優占種。ヒコサンヒメシャラ。
薄暗い登り道、明るい幹がとくに目立ちました。
針葉樹が混交します。モミ。
ツガ。
そしてヒノキが多かったのが印象的でした。
アカマツ、こちらは出会ったのはわずか。
トチノキ、シナノキ。
ハリギリ。
ミズメ。
ネコシデ。カバノキ属で言えば、この大峰山系にはダケカンバの南限があります(5kmほど南の釈迦が岳)。ずっと気にして歩いたのですが確認できませんでした。
アオハダ。
シラキ。
ハウチワカエデ。
コハウチワカエデ。
コミネカエデ。
チドリノキ。
ツクシシャクナゲ。林床の優占種でした。花の時期に訪れたいです。
アセビ、ヤマグルマ。
ツルシキミ。
クロモジ。
リョウブ。
シロヤシオ、ドウダンツツジ。
ウツギ、ヒメウツギ。
ムラサキシキブ。
ミヤマガマズミ、タンナサワフタギ。
ミヤコザサ。尾根に近づくにつれて多くなりましたが、、
シカに食われて地表を這う程度の密度でした。稚樹もほとんど見られない状況。
稚樹の食害。。
上層木にも被害が及んでいて、痛ましいです。。
1時間強で、標高1500mの稜線に登りつきました。この主稜線が、吉野と熊野を結ぶ修験の道「大峰奥駈(おくがけ) 道」です。各所に靡(なびき)と呼ばれる行場があったのだそうで、このあたりは熊野川から56番目にあたる「石休宿」と呼ばれた箇所だそうです。
南側が開けて明るくなりました。
しばらくは緩い斜面。ここにもブナの大径木。
そして優占種、オオイタヤメイゲツ。
ウラジロモミ。モミと混交しながら標高とともに次第に入れ替わります。
ツガは次第にコメツガへ。
ナナカマド。
カマツカ。
展望が開けて、目的の山頂が見えました。針葉樹に覆われています。
視界を広げると、いま立っている緩い尾根上は落葉広葉樹林であることが明瞭です。
斜面方位の影響もあるのか、コントラストがあざやか。
落葉広葉樹林の近景。オオイタヤメイゲツは稚幼樹が見られる一方、ブナは大径木ばかり。シカの食害圧が異なるようです。
ミズナラ。標高1500mあたりまで、ところどころ、大径木が散生していました。
シナノキ。同じく。
オオカメノキ。
ツルアジサイ。
次の靡、講婆世(こうばせ)宿。平安時代に修験道を再興したという理源大師の像。
このあたりからトウヒが出現。
山頂に向けて急登。
次第に針葉樹が増えていく感じです。
シラビソ。
密な林もあらわれました。
ところどころ、旺盛に更新。
倒木更新もめだちます。
道沿いで根返りした直径25cmほどのシラビソ。年輪を見ると初期成長が速く、攪乱(風倒?)後に一斉に更新したのことを想起させます。ただ、近年の年輪幅はとても細かく、全体では100年生以上あるように見えました。
山頂に近づくころにはすっかり青空に。
見わたす限り、山。
弥山(1895m)に到着。弥山神社が祀られる信仰の中心。歴史は古来に遡り、奈良時代の遺物が出土しているのだそうです。
少し南にある八経ヶ岳を望んだところ。この一帯は「仏教嶽原始林」として天然記念物に指定された針葉樹林。
引き続き、緩斜面には落葉広葉樹も。
針葉樹は立ち枯れが目立ちました。シカによる剝皮の影響が示唆されており、とくにシラビソの被害が大きいようです。
大きく疎開してしまった箇所も。
稜線上にはオオヤマレンゲの自生地もありましたが、防護柵外ではやはりシカによって壊滅的なのだそう。。
一方で、ところどころ稚樹が密生する箇所も。ぜひ大きく育ってほしい。。
トウヒ。
近畿の最高峰 、八経ヶ岳山頂(1915m)。出発から4時間強、登り切って充足。
弥山の小屋が見えます。北に南に連なる奥駆道。
北西の遠くにのみ微かに人里。紀伊半島の広さと奥深さを感じました。
霧があがってくる中、下山。同じ道をたどります。
14時前に下山。今日もよく歩きました。
すばらしい秋休みとなりました。車窓から天川村の紅葉をたのしみながら、ゆっくりと帰り道へ。